はじめに
昨今、「主体的・対話的で深い学び」を実現する上で、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実することが重要といわれています。この「個別最適な学び」や「協働的な学び」という言葉が出始めたのは、2021年1月の中央教育審議会の答申です。その答申の正式名称は「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」です。
そこで、今回は「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、「個別最適な学び」と「協働的な学び」について理解を深めるとともに、ICT活用の実際など、具体的な実践を紹介しながら考えていきたいと思います。
十勝の現状を考える
令和6年9月24日~10月15日に十勝の各学校の先生方にご協力いただいたアンケート「数字で見る十勝の教育」では、以下のようなデータが得られました。(数字で見る十勝の教育)
1 学習指導において、児童生徒一人一人に応じて、学習課題や活動を工夫しましたか。 (「個別最適な学び」の工夫を行ったか)
2 学習指導において、児童生徒が、それぞれのよさを生かしながら、他者と情報交換して話し合ったり、異なる視点から考えたり、協力し合ったりできるように学習課題や活動を工夫しましたか。(「協働的な学び」の工夫を行ったか)
1・2の項目は、学習指導において「個別最適な学び」や「協働的な学び」の工夫を行っているかどうかを回答する設問でした。この項目では、およそ9割から「よく行った」「どちらかといえば行った」という回答が得られました。十勝の先生方が、日々の授業においても関心高く授業改善に取り組んでいることがうかがえます。
3 学習指導において、児童生徒が自分の特性や理解度・進度に合わせて課題に取り組む場面では、児童生徒一人一人に配備されたPC・タブレット端末などのICT機器をどの程度使用させていますか。
4 学習指導において、児童生徒が自分で調べる場面(ウェブブラウザによるインターネット検索等)では、児童生徒一人一人に配備されたPC・タブレット端末などのICT機器をどの程度使用させていますか。
3・4の項目では、学習指導においてICTをどれくらいの頻度で使用しているかを回答していただきました。これらの項目では、「ほぼ毎日」「週3回以上」で使用している割合が5~6割、「週1回以上」も含めると7割以上となり、これについても一人一台端末を生かした学習指導を行おうとしている姿がうかがえます。
5 授業の中で、教職員と児童生徒がやりとりする場面では、 児童生徒一人一人に配備されたPC・タブレット端末などのICT機器をどの程度使用させていますか。
6 授業の中で、児童生徒同士がやりとりする場面では、児童生徒一人一人に配備されたPC・タブレット端末などのICT機器をどの程度使用させていますか。
7 授業の中で、児童生徒が自分の考えをまとめ、発表・表現する場面では、児童生徒一人一人に配備されたPC・タブレット端末などのICT機器をどの程度使用させていますか。
5~7の項目では、授業の中でのICTの利活用について回答していただきました。この回答結果を見ると、「教職員と児童生徒」の活用は「ほぼ毎日」「週3回以上」でおよそ4割、「週1回以上」も含めるとおよそ6割ほど行われていることがうかがえます。一方で、「児童生徒同士」の活用頻度や、ICTを活用したまとめ活動(プレゼンテーションなどを想定)の活用頻度は、「ほぼ毎日」「週3回以上」の割合が3割程度、「週1回以上」を含めてもおよそ5~6割程となっています。
以上のことから、令和3年度の答申にある「個別最適な学び」と「協働的な学び」を目指した授業改善には前向きに取り組む一方で、「個別最適な学び」と「協働的な学び」にICTを活用することについては、更なる理解が必要であることがうかがえる結果となりました。
なお、上記アンケートではICT機器の利用頻度を回答する設問が多くありました。これは、令和の日本型学校教育が目指す「主体的・対話的で深い学び」はICTの活用によって実現することが望ましいとしているからです。十勝の多くの先生方も、日々のICT利用に試行錯誤されていることと思います。筆者も、ICTを使った授業を行っていますが、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現する授業にするためのICT活用ができているかと問われると、即答できないのが現状です。
以下のテキストマイニングは、今年度の十勝の各学校における研究主題の文言を出現頻度順に表現したものです。
現行の学習指導要領になってから、「主体的・対話的で深い学び」という言葉を長い間目にしてきました。改訂から6~8年がたとうとしている今でも、研究を続ける学校が多く見られます。「主体的・対話的で深い学び」を前提とした新たな学びの創造は必要不可欠と考えられます。
今回は、その実現に向け、日々実践を重ねている4名の先生方をご紹介しながら、令和の日本型学校教育について改めて考えていきます。
「令和の日本型学校教育」から考える
今回ご協力いただいたのは以下の先生方です。
〇 足寄町立芽登小学校 関 大伸 先生
〇 本別町立勇足小学校 山内 拓也 先生
〇 音更町立共栄中学校 三浦 昂介 先生
〇 中札内村立中札内中学校 眞鍋 萌 先生
1 個別最適な学び
各先生の授業実践には様々な工夫が盛り込まれています。特に、子どもたちが「どのように学ぶか」を考えながら授業を計画し、進めていることがわかります。
また、子どもたちに「学びを委ねる」部分も見られ、自分で見通しを立てたり、自己選択をしたりする場面を増やすことが「個別最適な学び」を充実させ、主体的な学びにつながっていくと考えられます。
加えて、個別最適な学びを進める上で重要となるのがICTの活用です。各先生の実践には、Microsoft TeamsやGoogle Classroomを活用するなど、クラウド上でのやり取りが見られます。子どもたちが自ら考え、自ら学びを進める姿を見取るには、こうしたICTを活用し、随時それぞれの進捗状況を把握することが必要だと考えられます。
「個別最適な学び」は「指導の個別化」と「学習の個性化」の2つに具体化されます。関先生の「GU学習」では、子ども一人一人の進度に応じた学習方法が行われています。これは「指導の個別化」を図った場面といえるでしょう。また、山内先生の「総合的な学習の時間」では、子どもが自分で設定した問題の解決に向かって努力する様子が見られます。これは、「学習の個性化」といえるのではないでしょうか。
このような、「個別最適な学び」により、子どもが自分で考え、自分の力で課題を解決していく力を身に付けることができるようになっていくのだと考えられます。
2 協働的な学び
「協働的な学び」においても、各先生の様々な工夫が見られます。ここから、授業実践の軸は「子どもがどのように学ぶか」であることが分かります。実践では、子どもと教師が評価規準を共有した上で、子どもたち同士で添削し、お互いを評価し合う協働的な姿が見られ、子どもたちが個別に学んだことをすり合わせて新たな学びを生み出そうとする場面が見られます。
また、Canvaなどのアプリの活用は、近年、様々な試行錯誤がなされているところだと思います。自分の授業には何が使えるのか、どのように使うのかといったICT活用指導力は、我々教員が学び続けなければならないことだと感じました。
上記のように、「協働的な学び」は、「個別最適な学び」が「孤立した学び」にならないように、課題解決の場面などで、子ども同士が協働しながら、学ぶための資質・能力を育成することが必要です。ただし、「協働的な学び」において、個人が埋没してしまう可能性があります。そこで、子ども一人一人のよい点や可能性を生かすような学び方を教師側が考えることも大切です。
三浦先生の「実験をCanva上で交流する」場面では、子ども同士が同じ課題を解決するために協働する姿が見られました。また、山内先生の「体験活動を通して子どもたち同士で問題作りを行う」場面では、子どもたちが互いに考えを持ち寄り、それらをすり合わせながら一つの考えにする場面が見られました。これらは、子ども一人一人の個性を生かしつつ、協働することができている事例といえるのではないでしょうか。
3 「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体化
「個別最適な学び」と「協働的な学び」は一体的に充実させることで、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向かっていくのではないでしょうか。
そして、その実現のためには「ICTの活用」が欠かせません。今、当たり前のように使われ始めたICTですが、その「活用」をこれまで以上に研究していくことで、十勝の教育をさらに発展させていけると考えます。
ICTの活用を考える
1 ICTの活用について
ICTが、学習場面によって様々な使われ方があります。
学びのイノベーション事業:文部科学省を基に作成
また、中川一史教授(放送大学)は、3つのフェーズに分けて端末活用について示しています。このフェーズに照らし合わせて考えてみると、自分のICTの活用の立ち位置が見えてきます。特に第3フェーズは「児童生徒自らが適切な活用法を判断する」「個別最適な情報収集力、整理・分析力、発信力をつける」「新たな学びのスタイルを模索できる」とされています。
NHK 2024番組&WEBガイド P5 「図 端末活用のフェーズ」を基に作成
2 「個別最適な学び」と「協働的な学び」での活用
東京学芸大学の高橋純教授は、大変興味深い提言をしています。
資質・能力育成と端末活用の関係においては、「答えが一つに定まらない課題」を取り扱う学習において「授業観やICT活用観の転換が必要」であると述べています。そしてその為には、自ら学ぶ学習過程を繰り返すことが大切であり、「複線型(クラウド型)」の授業を提唱しています。
東京学芸大学 教授 高橋 純 先生の資料より引用
これまでの学習の仕方(単線型)にも、教師の指示で一斉に端末を活用したり、協働的な活動をしたりする場面がありました。しかし、これからの学習活動では子ども一人一人がICTの活用場面を自己判断し、必要な時に必要な相手と協働することをこの図では表しています。さらに、教師はICTを活用することによりその内容を適宜把握できるとしています。
さらに、新しい授業として、「ICT等が埋め込まれ、色が混ざり、形も変わる」伝統的な授業ではない新しいイメージを示してくれています。
東京学芸大学 教授 高橋 純 先生の資料より引用
なお、ICTの活用については、文部科学省ホームページ(各教科等の指導におけるICTの活用について【概要】 (mext.go.jp))などでも、具体的な活動が紹介されています。
3 ICTの活用のその先
東京学芸大学 教授 高橋 純 先生の資料より引用
先行き不透明で、価値観が多様化し、正解のない時代を生きる子どもたちにとって、授業による学びが教員の「知の継承」にとどまらず、授業の中にICTを組み込むことで子どもたちの「知の発展」へとつながるように、私たちは工夫を続けていく必要があります。
これまで紹介した東京学芸大学 教授 高橋 純先生は、令和6年11月13日(水)に行われる、「令和6年度 教育講演会」の講師としてご登壇されます。ぜひ、ご参加ください。
おわりに
今回の特集では、「令和の日本型学校教育」の考え方を基に「個別最適な学び」と「協働的な学び」について考えてみました。また、十勝の先生方のご協力をいただき、具体的な実践の紹介も行いました。
今回の記事を執筆するにあたり感じたことがあります。それは、「新たな授業スタイルを作る」ことです。今まで自分が行ってきた授業にICTを付け加えるのではなく、全く新しい授業として子どもたちがICTの使いどころを自分で選べるような授業にする必要を強く感じました。
今回紹介した実践の中にも、ICTが当たり前に使われている場面を見ることができました。そうした場面を参考に、十勝の子どもたちが主体的に学ぶことができる新しい授業スタイルを一緒に構築できればうれしい限りです。
「言うは易く行うは難し」ですが、予測困難な社会で生きていく子どもたちのためにも、十勝教育研究所としてできることを常に模索していきたいと思います。
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